ミニマリストと仏教

 最近知ったのですが、
「ミニマリスト」
 という言葉、これはゼロ年代(二〇〇〇年代)の半ばには早くも登場していたそうです。
「最小限の物だけで暮らすライフスタイル」
 を選択した、いわば、
「断捨離」(不要な物を断ち、捨て、執着から離れる)
 の哲学の「実践的極限型」をめざす人々のことですが、よく耳にするようになったのは、二〇一一年三月の東日本大震災の後のこと。
 二〇一四年頃からブームが加速して、二〇一五年に発売された佐々木典士さんの『ぼくたちに、もうモノは必要ない。』がミニマリスト銘柄初のヒット作品となった。
 これは「ミニマリスト宣言」の内容をもつ本ですが、その後英語・中国語・イタリア語など八カ国に翻訳されたそうです。
 ところで、その佐々木さんによると、この本を読んで「鴨長明の『方丈記』ですね」と感想をのべた読者が多いのだとか(『週刊新潮』二〇一七年二月二日号)。
 じつはわたしも同じ読後感をもった一人でしたが、しかし、「ミニマル化」といえば、その本家本元は日本仏教です。
 なぜなら、
「日本仏教そのもの」
 が、そもそも「ミニマル化」の精神が生んだものだったからです。
 それも民衆救済のためのたぎるような使命感のもとに。
 ここにいう「日本仏教」とは、いわゆる鎌倉の新仏教のことです。
 細かい話ははぶきますが、鎌倉の新仏教の教えの特色はその大胆きわまる「選択性」にありました。
 平安末期から鎌倉にかけてのこの時代、藤原氏を中心とした貴族政治が崩壊し、エスタブリッシュメント好みの「エリート仏教」の限界が露わになりました。
「エリート仏教」――典型的には比叡山の天台宗系の仏教ですが――は、高度に学問的な「教養仏教」としての性格をもっていた。
 新時代にふさわしい仏教のあり方を求めた新仏教の宗祖たちのやったことは、そのなかから最小限だれにでも実践できる簡単な「行」を一つ選び出し、あとは思い切って切り捨てることでした。
*  *  *
たとえば、よく知られた人物をあげれば、
法然(一一三三~一二一二):「念仏」
道元(一二〇〇~五三):「坐禅」
日蓮(一二二二~八二):「唱題」
(出生年の順)
ちなみに、それぞれの生没年の下にあるのは、かれらが提唱した「行」の名です。
「念仏」とは「南無阿弥陀仏」を唱えること、「唱題」とは「南無妙法蓮華経」の題目を唱えることをさします。
法然は現在の浄土宗、日蓮は日蓮宗の宗祖となりましたが、どちらの場合も、人はそれさえ唱えれば救われるとし、難しい学問も修行も不要だ、正確に言えば、「やっても悪くはないが、やらなくてもかまわない」と主張しました。
 これでは、比叡山のエリートたちのやることはなくなってしまう。
 ただでさえプライドの高いかれらが権威への挑戦を感じたのは当然というべきでした。
また、二番目にあげた道元は、禅宗系の曹洞宗の宗祖です。
この道元には、
「只管打坐」(しかんたざ)
 つまり、「ただひたすら坐禅のうちこむべき」という有名な言葉があります。信者に仏教の古典的な教養、学問など不要、道場で坐禅するだけでいい、というわけです。
 これまた比叡山の坊さんの存在意義の否定につながる話なわけで、道元はおかげで大いに憎まれた。結局、既成の仏教側は三人の教えをまともな仏教とは認めませんでした。
 それどころか、
「トンデモ仏教」
 とみなして、かれらは道場の破壊や流罪などの迫害をうける散々な目にあいました。
 しかし、そのぶん、三人の斬新な「ミニマリズム」に基づく教えは新時代の主役に躍り出た鎌倉武士たちに熱烈な支持をうけて、やがて室町から戦国時代にかけて確実に日本仏教の地図を塗り替えることになります。
『方丈記』はまさにこの三人の教えがウブ声をあげつつある最中に生まれた作品でした。
 鴨長明自身、法然系の浄土仏教の信者でしたし、『方丈記』の結びは、かれが遁世の意味を自問自答しながら念仏を「両三遍」(二、三度)口ずさむ印象的な場面で終わっています。
長明の日常生活は「念仏」思想にもとづく「ミニマリズム」を実践したもので、佐々木さんの二十一世紀版「ミニマリスト宣言」を読んで『方丈記』が思い出されるのは自然な話なのです。
*  *  *
「ミニマリスト」とは最小限の物だけで暮らすライフスタイルの追求者のことです。
そして、鎌倉の新仏教の「ミニマリスト」といえば、もう一人、「念仏踊り」で有名な一遍聖人(一二三九~八九)の名を忘れるわけにはいきません。
 かれは法然の「念仏」の教えを引き継ぎながら「時宗」の宗祖となった人物です。
念仏を唱えながら輪になって踊りまくる一座を組んで全国を旅し、
「踊る聖人(しょうにん)」
 と呼ばれました。
これだけでも風変りですが、それ以上にユニークだったのは、一遍がなんと「信心」は不要だと主張した点です。
法然や道元、日蓮たちは、いくら簡単な「行」だけでよいとはいえ、救われるために「信心」が必要なことを当然の前提としていました。
ところが、最も若い一遍は「南無阿弥陀仏」を唱えさえすればたとえ「信心」がない人でも、立派に救われると説いた。
こんなことを説いたお坊さんはどの国の仏教にもいません。
じつにブッ飛んでいるというか、空前絶後、
「鎌倉ミニマリズム」
の極限型をラディカルに体現した人物で、かれのもう一つのあだ名が、
〈捨聖〉(すてひじり)
だったのは、偶然ではありません。
さきほどの『週刊新潮』には、何もない空っぽの自室でTシャツを着てパソコンを打つ佐々木さんの写真がのっています。
佐々木さんは記事のなかで、外国人がシンプルきわまるその暮らしぶりをみて、「OH! ZEN(禅)」と言ったと語っていますが、わたしはむしろ写真の佐々木さんの姿に、「web時代の捨聖」を感じました。

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