「仏教の原点」と大乗

「仏教の原点」というのは重い言葉です。
 と同時に、人を迷わせがちな厄介さを持ち合わせた言葉でもある。
 そこでの「厄介さ」は「仏教の原点」の使われ方によって、二つに分けられます。
 一つ目は「記述語」としてこの言葉を使う場合、二つ目は「要請語」として使う場合です。
 まず「記述語」の「仏教の原点」とは、典型的には中立的な研究用語として使われる場合のそれをさします。
 そこには研究者の問題関心によって「ブッダの実人生」あるいは「ブッダの宗教的体験」(「本当に悟ったこと」)などがふくまれます。
 ここでの「厄介さ」は「教化」を目的として編まれた「経典」が強いる「厄介さ」とほぼ同義です。経典は「ゴータマ・ブッダの実人生」やかれが実際に得た「宗教的体験」の「客観的な」記述には興味をもちません。そんなわけで――よく知られるように――ブッダ在世時の前後に存在した聖人たちの事績をかき集めては「ゴータマ・ブッダの人生」にまぶして語ることになる。
 こうした「経典の習慣」がブッダの死後何百年もの間「ブッダの人生」や「ブッダの宗教的体験」をこねあげた。
 そこからゴータマ・ブッダその人のそれを選り分けるためにはどうするか? そう、要するにブッダ研究の名のもとに物語作家になるしかありません。これが「記述語」としての「仏教の原点」がその探求者たちに強いる厄介さです。
 二つ目は「要請語」としての「仏教の原点」が生む厄介さです。
「要請語」としての「仏教の原点」とは、一口にいえば「仏教の原点に帰れ!」と熱く語られる際の「仏教の原点」です。
 そしてそれがもたらす「厄介さ」はさらに二つに分けることができる。
 まず一番目は不可能事の強制です。
 なぜなら、仏教とはゴータマ・ブッダの教えのことです。「仏教の原点」とは「ブッダの原点」のことです。ところが――いま「記述語」のところでのべたように――ゴータマ・ブッダについてはそもそもわかりようがない。「仏教の原点に帰れ!」は、こうして出来もしないことを人々に強いる罪を犯すことになる。
 この罪をざっくり「原理主義の罪」と呼ぶことができますが、「ブッダの原点を忠実に引き継いでいる」と主張する、現在の大乗仏教批判派の一部には、こうした原理主義を唱える傾向が明らかに見受けられます。
「要請語」としての「仏教の原点」がもたらす二番目の「厄介さ」、それは――こちらの方は指摘された例を寡聞にして知りませんが――ゴータマ・ブッダを崇拝の名のもとにおとしめる罪です。
 あたりまえの話ですが、ゴータマ・ブッダは神ではありません。古代インドの地に生まれ、死んだ一人の人間です。
 そして人間の「神」ならぬ所以、人間の人間たる所以は、その「頭脳活動の成果」のもつ地上的な限界、
「思想完成能力」の欠如
 という点に求められます。そのことは哲学者はもとよりいかに偉大なる宗教の開祖であっても変わりはありません。
 実際、あのジャン・ジャック・ルソーにせよエマニュエル・カントにせよ、あと二百年長生きしたならば、今われわれが知るところの晩年に到達した思想とはよほど違ったことを言っていたでしょう。さらに千年も生きた場合を想像すればなおさらのことです。
 われらがゴータマ・ブッダはなるほど人並み外れて洞察力に恵まれた人物だったのかもしれない。ただ、かれは八十歳まで生きましたが、ではさらに五百年、いや千年生きたならどうだったか? いくら今日にくらべ時代の変化に乏しかった時代とはいえ、八十歳当時の考えとはずいぶん違ったことをのべていたはずです(ちなみに、この理屈は法然や親鸞についてもあてはまることです)。
 われわれは、とりわけ長生きした思想家(広義。哲学者、宗教家をふくむ)をみると、その最晩年の考えをかれ(または彼女)が
「完成した思想」
 と安易に呼びがちです。
 しかし、実際にはかれ(または彼女)の思想は死によってある時点で強制的に断ち切られたものにすぎません。つまり、その意味で偶然の産物にほかなりません。
 その後何百年かの間にかれらの思想が具体的にどう展開するだろうかなど、だれにも予想することなど不可能なわけです。
 要するに中途半端におわることは「考える葦」としてのわれわれ人間すべてが背負う宿命というわけですが、結局、偉大な思想家の偉大さの根拠、それはその時代ごとにかれらの名のもとに書き込まれるページの余白の膨大さ、つまり不断の書き替えをうながすところにあります。
 さて、こうしてみると、「ブッダの原点に帰れ!」という主張のもつワナも明らかになってくるでしょう。
 ゴータマ・ブッダが八十歳の長寿をまっとうしたのはどうやら事実のようです。 
が、もしだれかがブッダが八十年の人生で思想をすべて完成したと主張するのならば、つぎの問いに答える必要がでてくるでしょう。
 ブッダははたしてそんなに小さな器の人物だったのか?
 実際、ブッダがもし本当に晩年にすべての思想を完成してしまったのならば、かれはその後の仮定される数百年の間「思考停止」のまま過ごす人物だったろうと結論せざるを得なくなる。よほど怠惰な思考習慣の持ち主だったのだと言わざるを得なくなります。
 それとも、そうした主張者は、何百年いや千年過ぎても百パーセント変更(是正)の必要のない思想をブッダが完成していたと本気で信じているのでしょうか?
 もしそうならば、もはやそれは未開な狂信と呼ぶしかない何かでしょう。
 もちろん、右の「狂信」が問題になるのは、「ブッダの原点」がわかるという仮定を受け入れたうえでの話であることはいうまでもありません。
 仮定を受け入れなければそもそも問題でもなくなるたぐいの話です。
 大乗仏教はブッダの死から数百年後に誕生しました。
「ブッダの原点」の「わからなさ」を受け入れたうえでその「発展可能性」にコミットすることに「何でもあり」に陥る危険性がつきまとうことは、事実です。
 大乗仏教が成立した時点で「ブッダの思想」はもはやわからなくなっていたのでしょう。
 みずからも「ブッダの考え」を説く経典の作成者の立場にあり、初期経典をまえにそのやり方に精通していたかれらはそのことをだれよりも痛切に自覚していたはずです。
 が、たとえば「般若経典」の作成者たちが「小乗批判」のなかで選び取ったのは、結局、いまのべた逸脱の危険性をすべてのみこんだうえで「発展可能性」に賭ける立場だったのではないか?
 もしそうならば――方向こそ違え――そうした立場は他の大乗経典「法華経」や「浄土経典」の作成者たちにも共通するものであり、その捨て身の熱気がインドの「大乗運動」を支えたのだ。そんな気がしてなりません。

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