仏教から読み解く『獄門島』

『獄門島』は昭和22年から23年まで当時の探偵小説雑誌『宝石』に連載された作品。
 横溝正史の長編ミステリーとしては『八つ墓村』(昭和24-26年)の前にあたるものです。
 系譜的には、日本の敗戦後、デイスクン・カーやアガサ・クリスティなど欧米の本格推理小説の刺激のもとに『本陣殺人事件』で推理文壇に復帰した横溝が、もともとあった「草双紙趣味」や「怪奇浪漫」への志向を全開させる路線へとカジを切った最初の成果だったといわれている傑作小説です。
 1977年には市川崑監督・石坂浩二主演のコンビによる金田一耕助シリーズの第三作として映画化されましたが、古谷一行や長谷川博己が耕助役をつとめたTVドラマもあるなど、横溝ミステリーのなかでも人気の高い作品の一つになっています
『獄門島』には主要なキャラクターとして了然というお坊さんが登場します。
 了然は、禅宗の代表的な宗派、曹洞宗の僧侶という設定ですが、このキャラクターを生かすために横溝はかなり禅仏教を勉強したらしい。
『八つ墓村』では土俗的な怨霊信仰の世界が密教の真言宗への帰依との重ね合わせを通して語られていたこと、重要な作中人物の禅宗から真言宗への事実上の宗旨替えが「怨念どろどろ」のドラマの幕開けの伏線になっていたことについては前回の「仏教から読み解く『八つ墓村』」でふれました。
 日本の仏教史において呪術的な要素をになったのは密教でした。
 禅仏教と密教の対比というのは、庶民の呪術的世界を際立たせるために、この時期の横溝が好んで用いた図式のようです。
 事実、『獄門島』でひときわ目を引くのもこの図式であり、
「智慧の」禅仏教VS「悪魔的な」呪術的仏教
 という対立の図式が横溝の手で設定されます。
 しかも、この図式自体が血肉化されながらそっくりそのまま『獄門島』のドラマの内容にまでなっている。
 そこでの禅はあくまで「超俗的」で明澄な世界、呪術的宗教はいかがわしい「狂気」の世界を体現するものとして描かれます。
 実際には、禅仏教もまた――「仏教からみた『八つ墓村』」でのべた通り――密教による大きな影響をうけたのですが、明治以降の「呪術否定」の機運は、禅仏教の上澄み(「哲学的な」「きれいな」部分)だけをとりあげて高く評価し、密教はその「堕落」とされる現世利益との握手の面ばかり過度に強調され、おとしめられることになりました。
 ばかばかしい(しかし、決して笑えない)例を一つあげるならば、TVの時代劇などで悪党一味とつるむ生臭坊主はたいてい護摩を焚く坊さん、つまり密教の僧侶と相場がきまっています(この話については当サイトのエッセイ欄に掲載の「TV時代劇の密教」に書きました。興味のある方は、ご覧ください)
『獄門島』は――作中で明らかに認められるこのような「禅の理想化」「呪術嫌い」という、「西洋近代化」された明治知識人由来のバイアスに棹をさした――モダンボーイ横溝の仏教についての見方をつかむうえでも、面白い材料を提供する作品になっています。
 ここでは、そうした横溝の仏教観について、いくつかのポイントになる部分をスケッチしてみたいと思います。
 比較考察のうえで用いるのは、前回とりあげた『八つ墓村』です。
 ちなみに、文中で『獄門島』という場合は、原作小説(映画ではなく)をさすことをお断わりしておきます。
 *  *  *
 小説の舞台となる獄門島は瀬戸内海に浮かぶ、海賊の末裔である漁民が「部落」をつくる閉鎖的な島です。
 読み始めてまず印象的なのは、それが禅宗への強い帰依を中心にまとまった島であることで、千数百人余りの島民は「顔を洗ったり歯をみがいたりするように」禅寺参りを欠かさない。
 実際、『獄門島』を『八つ墓村』と読みくらべて気づくのは、同じ「おどろおどろ」の世界を描きながら獄門島のたたずまいが八つ墓村とは対照的に、終始一種整然とした秩序をたもつということです。
 島では禅寺(医王山千光寺)の住職である了然(六十代)――「眼はきれいに澄んで温かみもあるが、その代わりどこかひとをひやりとさせる鋭さがあ」る――が外部の人間には想像がつかないほどの圧倒的な権威を誇っている。駐在巡査の清水の言葉を借りれば、了然は「オールマイティ」の位置にある。
「板子一枚下は地獄の漁師たちにとっては、信仰は絶対的なものであり、その信仰を支配する僧侶は、生殺与奪の権を握っているも同然……こういう島では、村長さえ、お寺の坊主に頭があがらなかった」
『八つ墓村』で事件の舞台を提供するのは、戦国時代から続く旧名主の田治見家。村人から「東屋」の名で呼ばれるこの一族をめぐるもめごとが殺人騒動の背景をつくっていました。
一方、『獄門島』で嵐をうむのは島の世俗的な「主権者」である網元・鬼頭一族の本家(本鬼頭)と分家(分鬼頭)の対立です。
『獄門島』で精神世界のヒエラルキーの頂点をなす千光寺は山の頂き近く、境内に立つと「獄門島の部落をほぼ完全に俯瞰することができる」文字通りの高みにある。
 また、その境内は、たがいにいがみ合う本鬼頭と分鬼頭の屋敷の双方を足元に見おろす場所でもあり、「千光寺を将棋の駒の王将とすると両鬼頭家は飛車と角の位置にあたって」いる。そのことが、千光寺の主である了然が鬼頭一族ともちつもたれつの関係をたもちながらも一族全体に対してしめす優位を表わす象徴的事実としてもちだされます。
 いうまでもなく、ヒエラルキーとは垂直的な関係を柱に成り立つものです。
 そして、この点で、『獄門島』は『八つ墓村』と大きな違いをみせることになります。
 ここで、仮に『八つ墓村』のなかで千光寺にあたるものを探すとすれば、それは村の背後の丘にある八つ墓明神の墓です。
 この墓は、戦国時代に村人の先祖たちが惨殺された八人の落ち武者を祀ったもの。無残な最期をとげた落ち武者の「祟り」を怖れるあまり昔の村人たちが築いた鎮魂のための塚でした。
 それは、庶民が自身の心の平安のためにみずからの意志と手でこねあげた聖域であり、坐禅の瞑想による俗世からの「超越」を説く高尚な禅仏教、「智慧」の教えとはおよそ異質な世界です。
 これだけみても、『八つ墓村』の世界が『獄門島』にくらべて、地域を束ねる正統的な伝統精神(武士的エートスといってもよい)のヒエラルキーを欠いたるつぼ、フラットな怨念どろどろのカオスから成り立つものであることが伝わってくるでしょう。
以下では、この相違について、三つの角度からつっこんで考えてみたいと思います。
 *  *  *
【坊さんの立ち位置】
『八つ墓村』でも『獄門島』と同様にお坊さんは登場しますし、その権威が語られないわけではありません。
 八つ墓村には、長英という僧侶がいます。麻呂尾寺という真言宗の寺の住職ですが、作品のなかでは高齢のうえ病弱で長く臥せっており、寺の運営は弟子にまかせているとされています。
 もっとも、そんな長英も作品の後半で老体にムチ打って出馬し、村人たちの怨霊ヒステリーに発した「暴動」を抑えるのですが、それは血なまぐさい連続殺人事件(『八つ墓村』では全部で八人の人間が毒殺または絞殺されます)がすでに終わったあとのこと。何をいまさらの感はいなめません。
『獄門島』の了然が物静かななかにも人格的な迫力をもって屹立し、島民を精神的にコントロールできたのに対し、なさけないほど影が薄いというしかない。
 何よりも、『八つ墓村』には長英をふくめて数人のお坊さんが登場しますが、そのうち三人が連続殺人犯の手で殺されてしまうというていたらくです。
 つまり、事件の只中にあって村人たちの呪術的精神がまきおこすパニックの渦に呑み込まれる形で自身の無力ぶりをさらけだす。
 これに対して、了然は――ネタバレになるので深くは立ち入りませんが――『獄門島』のなかで初めから終わりまで金田一耕助の前に立ちはだかり、事件の鍵を握る最重要のキャラクターとして重厚な存在感を発揮しつづけることなります。
 了然は、小説の結末で、ある大きな敗北に直面しますが、それは呪術的な世界あるいはそれがひきおこす集団ヒステリーへの無力によるものではなく、「封建的な、あまりに封建的な」とその節の小見出しにある通り、あくまで非宗教的な理由にもとづくものでした。
 *  *  *
【村人の一揆の性格】
 ヒエラルキーが温存された「怨念どろどろ」の擬似的なカオス(『獄門島』)とヒエラルキーを欠いたままのフラットに溢れでるカオス(『八つ墓村』)との違い。
 それは、両方の作品に描かれる「土俗」の世界の主人公である住民たちが起こす「一揆」の性格の違いにも見ることができます。
『八つ墓村』も『獄門島』も、たてつづけに起きる謎の犯人による殺人が住民たちの不安感情をいやがおうにも掻き立て、そのうねりはやがて非日常的な集団行動にエネルギーのハケ口を見出してゆく――ここまでは、共通です。
『八つ墓村』のカオスを生むのは八つ墓明神の祟りの伝説です。
 いままさに八つ墓明神の怒りおさまらぬ霊魂が「生贄(いけにえ)」を要求しているのだという不安。そんな妄信にとり憑かれ、浮足立った村人の一部は、もはや警察にはまかせておけない、自分たちでカタをつけるのだ、とこん棒を手に立ちあがります。
 集団リンチにむけて奔騰するエネルギーは、標的とされた、物語の語り手でもある辰弥を村の鍾乳洞の奥へと追いつめる。
 歯止めを失ったアモルフな狂気の氾濫――そこには、了然のような〝理知〟の人の出番はありません。
 一方、『獄門島』でも、島民たちによる「一揆」、集団行動のエネルギーの昂揚が語られないわけではない。
 が、そこには、『八つ墓村』の住民たちにみられた〝自発性〟はない。「命知らずの」漁師たちのエネルギーは「山狩り」という形で統制され、「炬火だの提灯だのを用意し」、「鯨波(とき)の声」を放ちながら、「一揆でも起こしそうな格好」で集まった血気盛んな若者たちは、なんと、警察の指揮で、犯人(と疑われた人物)を山上へと駆り立てるのです。
 つまり、『八つ墓村』に登場する私的なリンチに対し、『獄門島』に出現するのは「警部が幾組かに編成し、それぞれ指揮をあたえ」たところに発揮される集団的なエネルギーの爆発です。
「ワッワッとののしる声」を発しながら炬火をかざし夜の斜面を「蟻のようにはい登ってゆく」若者たちの集団は、見事なまでに従順な「管理されたアナーキー」ぶりにおいて、『八つ墓村』の暴動者たちとは顕著な対照をみせつけています。
 獄門島では連続殺人事件の発生の渦中にあってもなお地域秩序はゆるがない。
 この地域秩序が世俗的な権力(鬼頭家)と精神的な権威(千光寺の了然)の「癒着」が実現した「共同体秩序」なるものであることはいうまでもありません。
 *  *  *
【禅仏教vs呪術的仏教】
『獄門島』では、禅仏教が呪術的なるものに対峙する「智慧」の精神を象徴するものとして、理想化された形で描かれていることは、すでにふれました。
 いま「対峙」と書きましたが、これは文字通りの意味です。
 八つ墓村の呪術世界で、「祟り」の恐怖に生きた心地もなくなった住民たちは疑心暗鬼の不安を刻一刻と増幅させてゆく。
 その激化する動揺を前に坊さんたちは後手に回らざるを得ない。
 これに対し、『獄門島』の禅僧了然ははるかにストイックであり能動的です。つまり、自身が君臨するヒエラルキーをゆるがすものには容赦がない。
 それが一番よく伝えるのが、お小夜という拝み屋(民間の巫女)に対してかつて了解然があたえたという仕打ちのエピソードです。
 お小夜は『獄門島』の呪術世界を象徴する「悪魔的」存在として描かれますが、人の魂をわしづかみにする一種特異な才能の持ち主。彼女のおこなうあやしげな加持祈祷は漁民たちの間で非常な人気を博し、気がつけば信者続出という事態にいたる。
 最初のうちは「苦笑いして見て見ぬふり」していた了然も、彼女が「なんとか教の御教祖様になるんだと称して仏様と神様とをいっしょくたにしたような教えをでっちあげ」千光寺をないがしろにし始めるや、本鬼頭の当主と語らってお小夜を追いつめ、座敷牢へぶちこんでしまう。
 そのあげくお小夜は牢のなかで狂死してしまうというわけで、了然という温顔の僧侶は、自身が体現する宗教的な秩序を犯す者には生命を奪うこともいとわない手厳しさを忘れない高貴な人物として描かれます。
 仏教は日本ではその輸入後の浸透のなかで神道の神々への信仰とミックスし、文字通り「仏様と神様をいっしょくたにしたような」世界を歴史的に深化させる――ほとんど「何でもあり」のレベルにまで――ことで、人々の間に浸透することになります。
 歴史の教科書にでてくるいわゆる「神仏習合」の世界ですが、それに対し『獄門島』では「純粋な」仏教と「間違った信仰」の明快な峻別のもとに、後者にはあっさり「狂気」の名が(横溝の手で)つけられる。「純粋な仏教」の主である禅僧了然はそれと単に「対峙」するだけでなく――語呂合わせをするつもりはありませんが――「退治」するにいたる、というわけですね。
『獄門島』のなかで了然は、殺害された犠牲者たちの死体をまえに「引導をわたすように」趣味の俳句を口ずさんで、周囲を呆れさせる。また、住民が総出で山狩りに殺気立つ最中に、我関せずと経を読むなどまさに超然としたふるまいをくりかえす。
 が、その一方で、ときに示す果断な能動性において、万事後手に回る『八つ墓村』の坊さんたちとははっきりとした対照をもつ存在として描かれているわけです。
 *  *  *
『獄門島』には怨念渦巻く不吉な雰囲気を表わすために横溝がよく使う言葉があります。そう、「おどろおどろ」――。
「『獄門島』の空をおおうている、妖気をはらんだ黒雲の正体。――耕助はしだいにはっきりそれを見定めていく。するとかれの耳底には神経衰弱の耳鳴りのように、ちかづく足音がひびいてくるのである。おどろおどろと、岩をかむ波の音のように、遠雷のとどろきのように……」「耕助はまた潮騒のように、遠雷のように、おどろおどろととどろきわたる、千万太の臨終のことばを耳底にきいた……」
 そして、この連続殺人事件の奥底に渦巻く「おどろおどろ」の世界に敢然と立ち向かうのが「あらゆる物欲から解脱し……こせこせした悪あがきをしない」「おだやかな微笑」を絶やさない「超人」の了然だったというのが横溝の設定です。
 日本では、実際には、「高尚な」はずの禅仏教もまた輸入された後は土着の神々への信仰との混淆にまみれざるを得なかったのですが、この作品での了然はそうした「逸脱」とは無縁の存在として描かれたままおわります。
 その了然が最後に挫折へと追いこまれるのも、「封建的な、あまりに封建的な」、つまり世俗的な理由によるものだったことはまえにみた通りです。
 横溝は『獄門島』をきっかけに、怨念どろどろの悪魔主義的な「怪奇浪漫」の世界に作家としての新境地を見出してゆくことになります。
 同じ「怨念どろどろ」の世界をあつかいながら『獄門島』にあって『八つ墓村』にないもの、それは超然とした「智慧」の世界から見おろす俯瞰的な視線です。
 そうした俯瞰的な姿勢は「共同体秩序」を支える垂直的なヒエラルキーと手をたずさえて、初めて力を発揮するものです。
『獄門島』を書きあげた横溝は、一転、山の奥に「擂鉢の底」を作る八つ墓村の世界に降り立ちます。
『八つ墓村』のひたすら山間の盆地を這いまわる「怨念どろどろ」の世界、それは『獄門島』のヒエラルキーの枠に飽き足らなくなった横溝が枠を取り払うことでものにできた世界だったといえるでしょう。

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