日本のヒューマイノド文化と仏教

 日本のロボットエンジニアには、世界的に知られたある特色があります。
「ヒューマノイド型ロボット」
 が大好きだということです。
 つまり、生き物である人間に中味はもちろん姿形までかぎりなくコピーすることに情熱を燃やし、コダワリをみせる人が多いということですが、以前ソニーのエンジニアが開発して話題になった犬型ロボットの〈AIBO君〉もまた、
 人の姿形のコピー
  ↓
 犬の姿形のコピー
 とシフトしただけのヒューマノイド型ロボットの犬君ヴァージョンだったといえるでしょう。
 たとえば、福島原発のような事故った原発の後始末が典型ですが、原子炉内部の「掃除」用のロボット。考えてみれば、これなどは「掃除」の機能を極大化したキャタピラ付きのパワーショベル型ロボットを追究すればすむ話。
「なぜ人間そっくりでなければいけないのか?」
 と外国人のロボットエンジニアたちは首をひねるわけです。
 日本は世界的にみても、
「からくり人形」
 の技術を早くから発達させた歴史をもつ国ですが、じつは仏教と関係しているのじゃないでしょうか?
 たとえば、禅宗が重用する『維摩経』という古い経典がありますが、そのなかに、
「人間、人間というが、しょせん「空」のからくり人形にすぎず、幻影にひとしい」
 と説く一節がでてきます。
 また日本の有力な禅の宗派・曹洞宗を開いた鎌倉時代の道元(一二〇〇~五三)は、主著の『正法眼蔵』のなかで、
「人間もガレキも『空』の境地においては区別がなくなる」
 とくりかえしのべたりしています。
 道元は「空」に「虚空」という言葉をあてていますが、
「真空」(void)
 あるいは、
「空っぽ」(emptiness)
 の二つは、「空」を表わす言葉として現在でもよく使われるものです。
 さらに同じ曹洞宗の瑩山(一二六八?~一三二五)という偉い坊さんは、「空」の次元においては、
「壁や垣根が人間の言葉をのみこんで従い、木人石女が人間に頭をさげる」
 つまり、
「無機物と人間が『空』のなかでたがいにコミュニケーションし合う世界」
が到来すると言っている!
 この「壁」や「垣根」とのコミュニケーションという発想は、あらゆるものに埋めこまれたコンピューターがインターネットを通じて人間とコミュニケーションし合う、
「IoT社会」
 を想起させますし、「木人石女」(木や石でできた人間)に至っては人型ロボットそのものです。
 もちろん、これらはすべて、瞑想のなかで達した「空」の世界の「神秘体験」を文字にしたものなのですが、
「日本人のヒューマノイド好き」、
これは決して偶然生まれたものではない。仏教的な発想によるものではないかという気がしてなりません。

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